行ったことのある街でも、人によって見ている風景が違う、というのは多くの方が体験したことがあるだろう。
たとえばお酒好きな人と話していると、住人以上に街のちょっとした居酒屋に詳しいし、料理好きな人だと、引っ越した街で、新鮮で美味しい食材を売るスーパーや商店をつい探してしまうだろう。

 

マニアフェスタに参加している「マニア」たちは、街をどう見ているのだろうか。
もしかしたら行ったことのある街でも、また違って見えてくるかもしれない。
そんなわけで、9人の「マニア」たちが集まり散歩した。

 

舞台となったのは池袋。

JRや私鉄など多くの路線が乗り入れる大きな駅で、最近だとサブカルチャーの聖地としても知られている。乗り換えや買い物などで一度は降りたことがある、という人も多いのではないだろうか。
そんな池袋の街をマニアとともに歩いたら、笑いすぎてお腹が痛くなるくらい楽しかった。

 

 

各方面のマニアが集結!

 

今回の散歩のために、こんなマニアたちにお集まりいただいた(敬称略)。
皆さん、それぞれの分野で著書を出版したり、メディア出演やイベントをおこなったりと活躍するエキスパートだ。

 

【空想地図マニア】

今和泉隆行(地理人)。7歳の頃から実在しない都市「中村市」の地図を描く空想地図作家。地図から都市を解読する達人。

Twitter @chi_ri_jin

 

【歩行者天国マニア】

内海皓平。大学院で建築学を専攻。これまで研究のため100ヶ所以上の歩行者天国を訪れる。

Twitter @hokoten_info

 

【銭湯マニア】

塩谷歩波。高円寺の銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーター。銭湯の建物内部を俯瞰図で描く『銭湯図解』を発表。

Twitter @enyahonami

 

【鉄塔マニア】

加賀谷奏子。2008年から鉄塔を巡ったり、写真を撮ったり、本を作ったりと、鉄塔をモチーフに作品を作る。

Twitter @s_abao

 

【珍スポットマニア】

齋藤洋平。東京別視点ガイドで観光カメラマンをつとめる。

Twitter @pokechin2

 

【ゴムホースマニア】

中島由佳。世界には美しいものが溢れているということを伝えるために、ゴムホースの写真を撮り続ける写真家。

Twitter @nakasmith1

 

【落ちもんマニア】

藤田泰実。路上に落ちているものの背後にある人間ドラマを妄想する「落ちもん写真収集家」として活動。

Twitter @f_yoshimix

 

【珍スポットマニア】

松澤茂信。東京別視点ガイド代表。

Twitter @matsuzawa_s

 

【路上園芸マニア】

村田あやこ(筆者)。街角の威勢良い植物に魅せられ、路上園芸学会名義で魅力を発信。

Twitter @botaworks

 

 

「無」の街だからこそ生まれるサブカルチャー

 

散歩に先立ち、地図から都市を読み解くエキスパート「地理人」こと今和泉隆行さんに、地図を見ながら池袋という街について解説していただいた。

地図アプリ「東京時層地図」で、今の地図と昔の地図を見比べながらお話をうかがうと、池袋の意外な一面が見えてきた。

 

地理人:池袋は、もともとの文化や歴史的なものがない「無」の街。

現在は老若男女の人間を集めるメガ都心ですが、大正くらいまでの地図を見ると、池袋駅周辺ってそんなに建物がない。

むしろ、隣の大塚の方が街でした。

 

当時の東京の中心部は日本橋や銀座から上野、新橋あたり。

池袋で山手線や都電に乗り換え、郊外から都心に出かける人が増え、駅周辺が賑わっていった、という成り立ちの街です。

 

村田:サンシャインの場所には、むかし刑務所があったんですね。

 

地理人:そのあたりが再開発されたのは、1970年代くらいです。

戦後、政治的に問題としてあげられそうな要人たちが入れられたのが、池袋の刑務所なんです。刑務所は多くの場合、街中にはできず、田舎のはずれにできますよね。

つまり池袋は、田舎のはずれだったということです。

 

全員:へえ〜〜!

 

 

地理人:日本橋や銀座だと、サブカルチャーってあんまり生まれないと思うんです。
もともとの歴史があって、老舗や自治会も強く、その街のあるべき姿みたいなのがある。あんまり変なおじさんが湧きにくい。

だけど、池袋は「無」だから、なんでもやり放題だったんです。

 

藤田:「無」ってすごい!

 

塩谷:私は池袋にオタ活で来ていたので、乙女ロードのイメージが強いんですけど、オタクカルチャーが根付いたのには、地理的な背景があるんですか。

 

地理人:渋谷がオタ活的なものを受容するかというと、多分しない。

新宿は受容しないこともないんだろうけど、何でもあるのでOne of themになって薄まってしまう。

 

 

村田:池袋でサブカルチャーが発生するのは、なんでも自由に始めやすいっていうことですか?

 

地理人:メジャーでなく、万人ウケしないかもしれないものって、あんまり市街地のど真ん中では生まれない。あまりブランド化されていない場所で始まりやすいんです。

池袋の話からずれますけど、全国の市街地におけるアニメイトの立地が結構面白くて。
例えばルミネとかにアニメイトが入っているのは見たことがないですよね。

 

塩谷:たしかに!言われてみれば。

 

地理人:アニメイトはみんなが集まる空間の脇のほう、ちょっと奥みたいなところにある。その理由は、文化的にどうというよりは、賃料の問題で。たとえば無印良品やユニクロは、賃料が高くても、どんどん客を集められるけどアニメイトは逆。
売り場面積をたくさん必要とするわりに、商品単価は高くない。でも、お客さんは狙って来店するから、ちょっと駅から遠くてもいいんです。

アニメイトとサブカルチャーが全部リンクするわけじゃないですが、コミックマーケットにわざわざ全国から多くの人がやってくるのも同じような現象です。
そういう意味では、池袋はわざわざ東京中から人が集まる街じゃない、という点がミソです。

 

松澤:たしかに都内に住んでると、繁華街って観点では新宿や渋谷のほうが行く頻度高いですね。

 

加賀谷:用がないと来ないっていうのはありますね。

 

地理人:池袋には、立教大学や東京芸術劇場などの文化的な拠点と、中華街やサンシャインという、客層がかぶらないものが同じ駅に集まっている。話が合わなそうな人が同じ街に住んでいると変わった場所が生まれるんですよ。

そもそもみんなの価値観や目線があっていないのが普通なところなので。

 

加賀谷:どことも重なっていない謎の隙間が生まれて、異空間が爆誕してるんですね。

 

村田:聞けば聞くほど不思議な街に思えてきますね。

 

 

マニアの散歩は、ゆっくり時速0.8㎞

 

さて。地理人さんによるレクチャーを受けた一行は、池袋の路上へ飛び出した。
歩き始めるやいなや、建築出身の塩谷さんの目にとまったのが、このすき間。

 

 

 

ビルとビルの間の空間が、秘密基地のような収納スペースになっている。

 

塩谷:このビルのすき間、すごい!

 

中島:すごいすごい!

 

村田:上に屋根裏部屋のようなものもある!すき間なく活用されていますね。

 

 

 

みんながすき間に目を奪われているすきに、ゴムホースマニアの中島さんはホースを撮影していた。

 

村田:さすが、ホース見つけるの早い!

 

中島:そこそこ見るタイプのゴムホースですが、この配分は結構珍しいですね。

 

村田:配分?

 

中島:中途半端に巻いて、上の方にボリュームがある、みたいな配分が。

 

藤田:しまうのが面倒くさくなっちゃったのかな(笑)

 

 

 

鉄塔マニアの加賀谷さんは、上空を眺めていた。

 

村田:何見てるんですか?

 

加賀谷:ビルの上の給水塔を、携帯電話の基地局が3本囲んでます。

この辺のビルには基地局が山ほどあるんですよ。

 

 

 

松澤:あ、歩行者天国の標識。

 

内海:平日で学校がやっている日の朝だけ車が通れない、という歩行者用道路の看板ですね。

 

 

 

足元の道路を見ると「スクールゾーン」の表示が。

 

内海:スクールゾーンはあちこちにありすぎるので、見ても何にも感じなくなってきました。

 

村田:もういいや、って(笑)

 

 

 

村田:あ、電柱のパーツが口になってる!

 

 

 

中島:正しい顔はこっちです。

 

村田:こんなに可愛い顔してたんだ!

 

 

 

塩谷:シーシャ埋め込み型の鉢だ。おしゃれ。

 

村田:オブジェみたい。

 

 

 

みんなが色々なものに目を奪われている中で、中島さんは次々とゴムホースを見つけ、撮影していた。

 

 

 

こんな蓋のわずかな隙間から顔をのぞかせるゴムホースも、即座に見つけ出す。

 

 

 

村田:ホースを見つける嗅覚がすごい。

 

藤田:動体視力だね。

 

塩谷:淡々と撮りに行ってる。

 

村田:「見つけた!」っていうんじゃなく、体に染み付いた習慣という感じで撮影してますね。

 

歩きながら塩谷さんがポツリと「マニアが集まると、なかなか進まないですね。」とつぶやいた。
そうなのだ。いろんなジャンルのマニアが集まると、上空から地面まで人によって視線の向かう先が全然違う。
他のマニアの視線の先を意識すると、景色の解像度が上がりまくり、まっすぐ進んでいられない。

 

スタートしてからかれこれ15分経つが、まだ200mしか進んでいない。
時速にして、わずか0.8kmだ。

 

 

路上の教訓「上ばっかり見ていると、下がおろそかになる」

 

鉄塔マニアの加賀谷さんが、とある建物の屋上に目をとめた。

 

 

加賀谷:屋上に四角い鉄骨に筋交いがはいったものがありますよね。

あれが鉄塔の最小単位だと、個人的には思ってます。

多分もともとは看板か給水塔の支え……あ!!!!踏んじゃった!!!!

 

村田:うわっ!!!

 

 

加賀谷さんが、うんこを踏んだ。

 

加賀谷:最悪…人生で初めて……

 

齋藤:上ばっか見てるから。鉄塔マニアあるあるだよ、これ。

 

加賀谷:イソップ童話みたい。「上ばっかり見てると下がおろそかになるぞ」って。

 

藤田:ウンがついたよ、これで!きっと、すんごい鉄塔に出会えるよ!

 

松澤:これ、人糞……??

 

 

ポジティブな言葉を投げかけても、しょせん他人事。
当の本人は「毒の沼を歩いてるみたい……」と足を引きずっていた。

 

うんこを踏んだのは、私と会話している時だった。
知らず知らずのうちに、ジリジリと加賀谷さんをうんこに近づけてしまっていたかもしれない。「うんこはうんこでも、きっといい食べ物を食べた後のうんこだ」と、カラ元気でフォローした。

加賀谷さん。ほんとごめん。

 

 

 

 

 

 

路上にあるものから、その場にいないマニアを思い浮かべる

 

 

藤田:このケース、斬新な使われ方!

 

内海:お酒の流通用に作られた箱ですが、結構いろんな使われ方をされてます。

 

 

 

村田:ドアの前のステップとしても使われてる。植木を入れる箱になってたりもしますよね。

 

 

 

藤田:あ、ワンチャン!

 

飼い主:大丈夫だよ、触って。

 

村田:なんていうんですか、名前。

 

飼い主:この子はマハっていうの。6匹生まれて、2番目がリク、3番目はリタっていうの。

 

村田:マハリク・マハリタ!

 

 

 

塩谷:あ、銭湯だ。やってるかなあ?

 

村田:シャッター閉まってますね。マンションと銭湯が一体型なんだ。

 

塩谷:あー、やっぱり閉館してる。銭湯だけだと収益を上げにくいという理由で、不動産業もかねてマンションの一階に銭湯を作る、っていうのはよくある形なんですよ。
煙突があるのは薪でやっていたってことなので、昔から営業してたんでしょうね。銭湯が閉館して、併設のコインランドリーだけ営業しつづけることもよくあります。

 

村田:マンションと銭湯が一体型のところって、住人は銭湯入り放題なんですか?

 

塩谷:そのパターン多いですよ。でも、銭湯に一切興味がなくて、家のお風呂を使えばいいじゃんっていう人も結構います。

 

 

 

加賀谷:あ、「切られた木」だ。

 

「切られた木」とは、植木鉢を観察する木村りべかさんが発信しているTwitterのハッシュタグ。
人の生活のすぐそばで、様々な事情でバッサリとブツ切りされた庭木には、なんとも言えない哀愁が漂う。

 

 

 

路上にあるモノから、その場にいない人を感じる。

珍スポットマニアの松澤さんが以前「たんなるモノだったモノに、人格が宿りストーリーを共有する。これまさに八百万の神。」と、つぶやいていた。

マニアフェスタを通していろんなマニアを知ると、周りの世界が八百万の神だらけになるようだ。

 

 

 

池袋のシンボルタワー・豊島清掃工場の白い巨塔

 

東京の東にはスカイツリー、真ん中には東京タワーがあるが、じつは池袋にもタワーがある。

それが、鉄塔マニア加賀谷さんイチオシの「豊島清掃工場」。

池袋駅にほど近い場所にある、清掃工場の真っ白な煙突だ。

 

 

 

 

池袋を歩いてふと上を見上げると、大きなろうそくのような建造物が、ビルの向こうや住宅街、いろんなところから唐突にぬーんと顔をのぞかせる。

まるで宗教施設のような、妙な迫力だ。

 

 

 

村田:おお〜近くで見ると大きくてかっこいい!

 

藤田:池袋の白い巨塔だ!

 

 

 

加賀谷さんと一緒に歩くと、自然と上空にも目がいくようになるのが楽しい。

 

 

 

村田:清掃工場のあの扉、飛びこみ台みたいですね。開けたら、なにもない。

 

内海:例えば火事があった時の消防の突入口とか、普段は使わないけどいざとという時のために、みたいなものかもしれませんね。

 

村田:あ〜、なるほどー。

 

 

 

村田:おや。清掃工場の入口に「かします、ください」って書いてある。なんだろう?

 

加賀谷:これね、近づくと正体がわかりますよ。

 

 

 

村田:あ、「清掃車が出入します、ご注意ください」なんだ!

 

松澤:なに、この工夫!

 

加賀谷:これ、サカナクションのミュージックビデオに同じ仕組みのものが登場してますよね。

 


参考:サカナクション「アルクアラウンド」

 

 

池袋の異空間・梵寿綱建築と老眼めがね博物館

 

豊島清掃工場の白い巨塔に別れを告げ、しばらく歩いていると、静かな路地で一風変わった建物が目に入った。

 

 

 

村田:おお〜!波打ってる。なんだこりゃ。

 

塩谷:いい。最高。

 

周りの建物の中でもとりわけ異彩を放つこの建物は、「日本のガウディ」の異名を持つ建築家・梵寿綱(ぼんじゅこう)氏の作品。
建築を学ぶ内海さんが、池袋に行くならぜひ、と推薦してくれた場所だ。

 

 

 

緻密な装飾が施された幻想的な雰囲気の建物は、倉庫や店舗としても使われており、トラックが止まっていたり、赤提灯がぶら下がっていたりと日常使いされている。
日常と非日常が同居する感じがたまらない。

 

「どことも重なっていない謎の隙間が生まれて、異空間が爆誕する」。
まさに、加賀谷さんの言葉が体現されたような空間だ。

 

梵寿綱建築のほど近くには「老眼めがね博物館」がある。珍スポットマニア松澤さん一押しの場所。
どんなお店かは、こちらの記事もご参照いただきたい。
http://www.another-tokyo.com/archives/50497102.html

 

 

 

建物の外壁、店内の壁という壁一面に、メガネがびっしりかけられている。

 

 

「日本一安いと言われた店」をうたう、老眼めがね博物館。とにかく、めがねが安い。

「マイケルが生きていたらこのサングラス買うだろう間違いない!!」とPOPがついたマイケルコレクションのサングラスも290円。

 

 

 

「モテめがね」も「私、このめがねで東大に入りましためがね」も、290円。

 

 

 

お金ではなく切手やビール券など金券でも購入可能。ものすごく太っ腹だ。

 

 

 

塩谷:地理人さん、これかけてください。

 

齋藤:サイバー地理人だ!

 

それぞれお目当てのメガネを購入し、おひらきとなった。

 

 

路上に全てがある

 

 

散歩が終わり、今日の感想を言い合いながら、帰路につく……

 

藤田:華やかなだけじゃない、池袋の色んな側面が見えて良かったね。

 

塩谷:池袋は昔オタ活で来ていた街でしたけど、こうやって、いろんなマニアの人と歩くと見方が変わるし、なんでもない街が色んなものに変わっていくのって、池袋に限らずいろんなことで言えるかも知れないですね。
そういう発見があるのは、マニアと歩くことに意義があるんですね。

 

加賀谷:みなさんの目線をあげる役割で来たんですが、目線をあげすぎたばかりにあんな大失敗をしてしまって……。

まだ毒の沼を歩いています。心のショックが大きすぎて、その後の記憶が何もないです……。

 

松澤:でも加賀屋さんがいたから、池袋のどこからでも焼却炉の煙突が見えることに気づけましたよ。あんなに目立つのに、言われるまで見えてなかった!

 

齋藤:歩いたのはそんなに広範囲ではないけど、なんでもないポイントも、みなさんの目線があると「路上に全てがある」と思えましたね。

 

 

写真:齋藤洋平、村田あやこ
執筆:村田あやこ