壁のまっすぐな線と植物の有機的な線とのコントラスト、そして銀杏の葉がアクセントになった配色が目を引く(写真:村田あやこ)

 

経年変化によって、質感の異なる青がパッチワーク状に組み合わさる(写真:村田あやこ)

 

壁や床がつくりだす配色や、フェンスが描く線描、建物が経年変化で生み出す絶妙な風合い。切り取り方や視点の当て方を少し変えると、何気なく通り過ぎていたものの中にハッと心動かされるものが潜んでいるのに気づくことがある。

 

雨や風といった自然条件、様々な事情による建物の建て替えなどにより、まちの風景は常に新陳代謝を続けている。だからこそまちでは、美術館やギャラリーとは一味違い、偶然が生み出した、今ここでしか見られない「作品」で溢れている。

それらは必ずしも一般的に「美しいもの」「きれいなもの」といったお墨付きを与えられたものばかりではない。それゆえ、自らの視点で見どころを切り取ったり、魅力を言語化していくといった、ゼロから価値観を作り上げていく楽しさもある。

 

本稿では、身近に何気なく存在するものの中に、独自の視点で「美」を見出す達人たちをご紹介する。

 

 

【インタビュー】見えるインフラ・電線の魅力を言葉と写真で伝える(石山蓮華・電線愛好家)

 

写真:石山蓮華

 

家を一歩出て上空を見上げれば、どんなまちにでもすぐそばにある電線。

生活には欠かせないインフラでありながら、その姿をまじまじと眺めたことがある人は、そんなに多くないのではないだろうか。しかしよく見てみると、生き物のようななまめかしさや、背後の建物と電線とがつくりだす構成美など、さまざまな美しさを秘めている。

この記事では、電線に全力で愛を注ぐ電線愛好家・石山蓮華さんにお話を伺った。

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石山蓮華・プロフィール

10月22日生まれ・埼玉県出身。

電線愛好家としてメディアに出演するほか、日本電線工業会「電線の日」スペシャルコンテンツの監修、オリジナルDVD『電線礼讃』のプロデュース・出演を務める。

俳優として映画『思い出のマーニー』、舞台『五反田怪団』、『遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-』、川谷絵音ソロプロジェクト『独特な人』、NTV「ZIP!」「有吉反省会」などに出演。文筆家として「ホンシェルジュ」「月刊電設資材」「電気新聞」「She is」などに連載・寄稿。

Youtube公開後、590万回再生を突破した「純猥談」シリーズの12月24日公開『私たちの8年間は何だったんだろうね』に主演、同月26日より劇団ノーミーツ オンライン長編演劇公演『それでも笑えれば』、2021年1月韓国現代戯曲ドラマリーディングVol.Ⅹ『加害者探究 付録:謝罪文作成ガイド』に出演。

石山蓮華さん・Instagram

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暗闇に浮かび上がる電線(写真:石山蓮華)

 

ー石山さんは電線のどこに惹かれるのでしょうか?

 

石山さん:子どもの頃から、散歩しながら路地や建物を見て歩くのが好きで、ある時電線に目が止まりました。夜はまちの明かりを支える電線が、昼間は生き物の血管や神経のような形だなって。

電気はガスや水道とともに、生活に欠かせない三大インフラの一つです。ガスや水道の場合は実際に使うまでの軌跡はなかなか目で見えませんが、電気の場合は「電線」というモノとして見られるのも面白いと思っています。

 

よく見てみると、複雑な線が絡み合っていることに気づく(写真:石山蓮華)

 

ーミミズや蛇、植物など、生きている線はお好きなんですか?

 

石山さん:生きている線も好きなのですが、虫や植物は私が働きかけなくても自ら動いています。私はマイペースなので、電線のように自分から能動的に鑑賞しないといけないものの方が、想像の余地があってより好きですね。

電線は生き物と違って自我やバイオリズムがないし、アイドルみたいに解散もない。自分のタイミングで思いを好きなだけ語れますし、相手にも迷惑がかからないところも、楽しむ理由の一つです。

 

ー好きなだけ愛情を注いでいい対象としての電線なんですね。相手から返ってこなくても、愛を伝えたいんでしょうか。

 

石山さん:電線からは、生まれた時から長い間、愛をガンガンに受けているとも言えます。悪いやつのところにも、いいやつのところにも平等に電気を届ける超博愛主義者なところもかっこいいと思うと同時に、切なさも感じていて。

電線ってこんなに一生懸命働いてくれているのに、景観の中ではあまり好かれないじゃないですか。こうやって一人くらい、電線を褒め称える人がいてもいいと思っています。

 

生き物のようにうねる電線(写真:石山蓮華)

 

ー電線の中でも、特にぐっと来る線はあるんでしょうか。

 

石山さん:電線をしっかり鑑賞し始めた当初は、うねりのある生き物っぽい線を撮っていました。最近は、背後の景色と電線の線がすっきり気持ちのいいリズムを描いているものに、より目が行くようになっています。電線という一つの対象でも、自分の経験や発見の積み重ねで、ビンゴカードを少しずつ開けていくように、様々な角度から魅力を味わっています。

 

ー電線を撮る時は、その時々で素敵だと感じたものを撮るのでしょうか。

 

石山さん:何か引っかかればとりあえず撮って、どこがこの線の一番の魅力かを後から探ります。ぐっとくる一枚が撮れたら、別の場所に行ったり同じ場所に別の日に来たりした時、また違った表情を楽しめると思います。

撮影後は、頭の中でピンときた像が写真にも現れるよう画像編集も行います。人間のモデルだと演出ができますが、電線は自力でどうにかするしかない。ですが、自力でどうにでもできる楽しさもあります。

 

建物と電線とが気持ち良いリズムを生み出す(写真:石山蓮華)

 

ー電線の魅力について、どのような方法でアウトプットしていますか。

 

石山さん:もともと電線のビジュアルに惹かれたので、最初は写真に撮っていました。ただ、表に出る仕事をしていたこともあり、写真を人に見せた時に「電線のどこがいいの?」と聞かれる機会が多かったんです。そのため、より色んな人に伝わるよう言語化を試みるようになりました。

言語化の大きなきっかけは、同人誌『電線礼讃』制作です。制作にあたり、言葉とビジュアルを使って納得できるクオリティで電線の魅力を伝えられるよう、試行錯誤を重ねました。そうすると、たとえば「私は電線の曲線が好きなんだ」と分かると写真を撮るときにも曲線にフォーカスできるようになって。

そうやって発見と実験を繰り返しながらアウトプットを続けてきました。自分がなんでいいと思ったかを、よりしっくりくる嘘のない言葉で表現したいと思っています。

 

ー相手からのフィードバックとの相互作用で、ありきたりではない石山さん自身の言葉が綴られるんですね。アウトプットによって、ご自身の活動や周囲の反応で何か変化はありましたか?

 

石山さん:電線好きを公言し始めた時、好きというだけで成立する「電線愛好家」という肩書を名乗り始めました。そうすると、肩書をきっかけに執筆やメディア出演の機会をいただくようになりました。

両親や友人も旅行先で電線の写真を撮って送ってくれるようになりましたね。

マニアフェスタに参加し、鉄塔ファンの加賀谷奏子さん、ゴムホースマニアの中島由佳さんと出会い、「いい線いってる夜」を結成したのも大きな出来事でした。まちの「線」を一緒に楽しめるお二人だからこそ、私がポロッと発した一言に対し、お二人ならではの気付きが良い反射角度で返ってきて。それをトークショーなど色々な場で発表できたのも楽しかったです。

一人で孤独に探究する楽しさもありますが、それを人に伝えられる場に参加するのも幸せですね。マニアフェスタは参加者・来場者とも、人の好きなものに興味がある人ばかりなので、心を開いて聞いてもらえるのが最高です。

 

ーこれから電線を楽しみたい人が、楽しむためのポイントはありますか?

 

石山さん:たとえば植物好きだったら、植物と電線とを両方観察できるポイントを探すといったふうに、すでに好きなものを手がかりにするのもおすすめです。気になる電線があったら一枚写真に残しておくと、後日別の電線を見つけた時、並べて楽しむことができます。

電線は、距離をおいた状態から見る場合が多いと思うんですが、真下から電線のぐしゃぐしゃっとなった部分を見ると、驚きや発見があります。真下から見上げるのはおすすめです。

すっとした線がお好きな方は、電線と建物が交わる接点を探し、歩きながらその接点のズレを楽しんでいただきたいです。

 

ー物理的に見る場所を変えるって大事なんですね。

 

写真:石山蓮華

 

「電線のこんな良さにも気づけた」「こんな表情もあるのか」と、愛ある目線でで電線の魅力を様々な角度から発掘し、その魅力を伝えるため、ありきたりではない丁寧な言語化を続けている石山さん。お話を通して、言葉や表現に対する誠実な姿勢をひしひしと感じた。

後編ではさらに、様々な対象物を観察しつづけているマニアたちをご紹介する(1月上旬公開予定)。