「汐里、若菜より」と書かれた一本のテープ。

二人の女の子が祖父母にあてたボイスメッセージだ。

声の感じだと幼稚園くらいだろうか。

 

 

「おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、元気ですか。これから汐里と若菜でピアノを弾いたり歌ったりします。」

という挨拶のあと、二人のあどけない歌声や、ちょっとたどたどしいピアノの演奏が入っている。

私は、汐里ちゃんも若菜ちゃんもおじいちゃんたちもまったく知らない。

 

 

学校の合唱コンクールのレコード、スナックで歌ったカラオケの録音、家でカセットテープに吹き込んだおしゃべり。
誰しも家の棚に一枚は潜んでいそうだけど、わざわざ引っ張り出して聴くまでもない、そんな音源を「身内音楽」と称して収集しているのが、数の子ミュージックメイトさんだ。

 

集めている音源はどれも、実際の身内でもなんでもない、会ったことすらない赤の他人のもの。

そんな「人んち」の思い出の断片を7、8年前から集めはじめ、今や音源は1000枚にものぼるという。

身近なようでいて未知の世界、身内音楽についてお話をうかがってきた。

 

 

合唱コンクールから、親戚に送った手紙まで

 

ー まず「身内音楽」ってどういうものなんでしょう?

 

数の子ミュージックメイト(以下、数の子):簡単に言うと、一般の人が、商業活動としてではなく、歌ったり演奏したり喋っている音源を「身内音楽」って呼んでいます。

レコード、CD、カセット、あと見つかっていないんですけどMDとか、メディアになっていることが前提です。

 

ー Youtubeにアップされてる音源は入らない。

 

数の子:入らないですね。

 

ー 録音されてパッケージ化されてるもの限定なんですね。メディアになっているものに絞るのは、何かこだわりがあるんですか?

 

数の子:録音されて物体として残っているのが好きで。ジャケットもあるじゃないですか。イラストの場合は、だいたい美術部の生徒が描いてるんですよね。ちょっといなたい感じがいいですね。

 

 

ー 身内音楽にはどんな種類があるんでしょう。

 

数の子:一番多いのは学校モノです。生徒の分だけ量産されます。地域でいうと東京、北海道、福岡が多いです。

 

ー 地域性があるとは意外です。

 

数の子:学校や個人向けの録音専門業者がある地域なんです。そういう業者が営業かけてるので、作られる数も多い。

北海道には日音、福岡にはマイレコードといった会社があります。

 

ー はい。

 

数の子:一番大きい会社は、全国展開しているフロンティアボイスです。

2、3万タイトルくらいあるらしくて、市販はされてませんけど、たぶん一般のレコードレーベルよりも多くの音源が、身内音楽として世の中に出回っているんです。

 

ー フロンティアボイス、すごい。

 

数の子:ジャケットはオリジナルで作るものだけじゃなく、業者が用意したデザインから選ぶこともあります。そういうものを「ジェネリック」って呼んでます。

 

ー ジェネリック(笑)

 

数の子:デザインも数パターンで決まってるので、同じジャケットの何枚も持ってます。

 

ー 「またこのジャケットか」っていうことがあるんですね。

 

▲ジェネリックなデザイン

 

数の子:学校以外のジャンルだと、スナックでお客さんが歌ったカラオケを録音したものがあります。アセテート盤っていう、ディスクにその場で録音して名前と曲名を書いて持ち帰ってもらうサービス。
同じ仕組みで、ピアノの発表会とかエレクトーンの発表会をその場で録音したものもあります。終わったら写真と一緒に、記念でどうですかって、持ち帰ってもらう。

 

ー スプラッシュマウンテンの撮影サービスみたい。

 

数の子:家庭用ビデオがまだ普及する前のサービスですね。

 

ー なるほどー。今みたいに簡単に録画、録音ができないからこそ、当時こういったサービスは貴重だったんですね。

 

数の子:たぶん1950年代くらいから、こういう録音の文化があるようです。戦前にもSPレコードに吹き込むサービスはあったらしいんですが、僕はおもに戦後のものを集めてます。

1970年代からカセットテープが出来て、誰でも作れるようになりました。

 


数の子:これは汐里ちゃんと若菜ちゃんっていう姉妹が、おじいちゃんとおばあちゃんに送ったテープメッセージです。

 

ー すごい。入手経路が気になります(笑)

 

数の子:修学旅行のバスで生徒が歌ったカラオケ音源なんてのもあります。

 

ー カセットテープだと自分で録れる分、よりプライベート感がでますね。

 

 

100円でお宝発掘

 

ー 何年前から集めてますか?

 

数の子:7~8年になります。「身内音楽」というフレーズを考えついた3~4年前から、本気でお金をかけて集めるようになりました。

 

ー 身内音楽っていうフレーズはどういうきっかけで思いついたんですか?

 

数の子:友達が「プロの演奏ばかりだと、たまに飽きるときがある。そういう時に身内音楽的なものっていいよね」とTwitterでつぶやいて。

ヨーロッパには家庭で演奏することを「ハウスムジーク」っていう言葉で表すらしくて。和訳して「身内音楽」だと。意味はぜんぜん違いますけど、いい言葉だなと思って借りました。

 

ー なにがきっかけでハマったんでしょうか。

 

数の子:もともとアシッドフォークと呼ばれるジャンルのレコードが好きだったんです。音質が悪いけど手作り感が魅力で。
大学時代、地元・茨城のハードオフでフォーク同好会のレコードをたまたま見つけて買ってみたら、質感がアシッドフォークにすごく似てた。面白いなと。
そこから意識的に探しだしたら「あれ?すごい安く見つかるぞ」って、それがきっかけです。

 

ー おもにどこで入手するんですか?

 

数の子:メインはヤフオク。レコードやCDはハードオフにもよくあります。

本来は非売品ですけどジャンクコーナーに紛れ込んでて、一枚30円〜100円が相場です。

 

ー ヤフオクで「この人、いっつも競うな」ってライバルはいます?

 

数の子:一人だけいます!(笑)

 

ー やっぱりいた!

 

数の子:その人、幼稚園モノだと絶対すごい金額まで競いますね。最近は中学校モノにも入札するようになってます。

 

ー めちゃくちゃ動向を把握してる!

 

数の子:今まさに競ってる音源ありますから!

 

ー 逆に出品してるのはどんな人たちなんですか?

 

数の子:基本的にはレコード全般を扱ってる業者です。個人で出品する人はほとんどいませんね。
僕みたいなコレクターがいるので「学校モノは値段がつくぞ」って把握されてるはず。出てくる頻度が高くなってます。

 

ー 数人の売り手と数人の買い手で、ヤフオク内に特殊市場ができてるとは……!!

DVDは出回ってないんでしょうか?

 

数の子:DVDはほとんど出てきません。より個人情報が特定されちゃうので、出さない人が多いのかと。
CDも少ないんですよ。レコードはプレーヤーがなくて聴けずに放出されるパターンがありますけど、CDはまだ家で聴けるので。

あと10年経って、メディアで聴かなくなる時代がくれば、そういうCDもぽろぽろ出てくるんじゃないかなって予想してます。

 

 

人んちの家庭事情まで垣間見える

 

お話しをうかがううちに、実際に身内音楽を聴いてみたい気持ちがどんどん高まってきた。

お持ちいただいた音源から、何枚か聴かせていただいた。

 

一枚目:大阪の中学生が歌った「We are the World」

数の子:これに収録されてる「We are the world」がむちゃくちゃ良くて、DJでいつもかけています。

あまりに好きすぎて三枚持ってたんですよ、これ。誕生日プレゼントで友達に一枚あげちゃったんですけど、あげなきゃよかったなって後悔してるくらい。

 

ー 確かに、聴いてると謎の感動が襲ってきますね。

 

数の子:録音も綺麗だし、演奏もうまいし、ソロもすごくいい。

身内音楽って聴くまでわからないから毎回発見です。100円で買えて発見があるので、すごい楽しい賭けですよ。

 

 

二枚目:企業の社長たちのカラオケ音源

数の子:タイトルがすごいんですよ、「貴様と俺」ですもん。いろんな会社の社長がホテルのラウンジに集まって歌ったカラオケ録音です。

 

ー 社長紹介を読むと大企業ばかりですね。

 

数の子:「君、これ聴きたまえ」って部下に渡したのかな。

昔は中古レコード屋にいっぱい出回ってたらしいです。たくさん社員に配られて、たくさん社員に捨てられたんでしょうね。

 

ー タイトルもジャケットも企画も、日本の経済成長を支えた男社会真っ盛りな雰囲気。

でも、制作担当者のコメントがわりと手厳しくて笑っちゃいますね。

「もうちょっと上手だろうと思って引き受けたのが大きな間違いだった。何しろワンマンの集まりだから始末が悪い。うるさいのは口ばかり、日頃大きなビジネスを扱っている人達が、小さなオタマジャクシに振り回されている」って。

意外と風通しは良さそう。

 

数の子:楽しく作った感ありますね。

 

 

 

三枚目:汐里ちゃんと若菜ちゃんによるテープメッセージ

数の子:散歩してると、たまに道ばたの家から、夕食の匂いとピアノの音色が流れてきますよね。あの感じを具現化したもの。
最初の挨拶で「おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん」って言う。お父さんかお母さんの兄弟に、結婚せず実家住みのおじさんがいるのが分かります。

 

ー 家庭事情も見えてくるわけだ。

 

数の子:普通の人んちって気になりますよね。小宇宙みたいで。

これがおじいちゃんおばあちゃんの手に渡って、今ここにあるって、どういうことだろうって考えちゃいます。

 

ー ここにたどり着いた過程を想像すると、めちゃくちゃ映画的ですね。おじいちゃんおばあちゃん、たぶん亡くなってますよね。

 

数の子:で、遺品整理で処分され、業者が買い取って、自分の手に渡った。

 

ー 亡くなるまでは大事に保管してたのかも。

 

数の子:これは身内音楽のイベントで、一番最初に聴いてもらうことが多いです。

 

ー 象徴的な一本ですね。

 

 

一本の映画に匹敵するストーリー性

 

ー いやー、1本1本が映画に匹敵するストーリー性ですね。

 誰しも一度は聴いたことがあるけれど、わざわざ取っておくわけでもない、不思議な存在。音楽の一ジャンルというより、民俗学を感じます。

商売でもなく、不特定多数に見せるでもない。自己顕示欲のない無垢な魅力があります。

 

数の子:ちょっと頑張ったぐらいのレベルが、ぼんやりしてて好き。クラスの合唱コンクールってやりたくないやつも、お腹痛かったやつもいますよね。そのリアルさが、他の音楽にはない魅力だと思います。
技術がある上手い人よりも、そこに生身の人がいて、音楽を奏でた感じが逆に伝わってきます。

 

ー 誰も気づいてなかったジャンルに魅力を感じて、孤軍奮闘で何年間も集め続けた熱狂、すごいです……。

 

数の子:ロックにしてもヒップホップにしてもいわゆる音楽のカテゴリーには「このジャンルはこれを聴いておけ」という名盤があって、誰かがガイドを作っている。

身内音楽はそういう道筋が立てられなくて。逆にいうと、すべてが新しい発見なんで面白いです。

 

 

数の子ミュージックメイト

聞き手:松澤茂信(東京別視点ガイド)、村田あやこ(路上園芸学会)

筆者:村田あやこ