2020年9月26日(土)、「マニアフェスタオンライン」主催イベントの一つとして、トークイベント「道に落ちてる手袋が世界進出!?「片手袋を世界へプロジェクト」大発表会 ~世界のマニ アも紹介するよ~」が開催された。

 

 

登壇者は、十数年間、街に落ちている片方だけの手袋「片手袋」を撮影・研究し続けてきた、石井公二さん

 

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。幼少の頃にウクライナの絵本『てぶくろ』を読んでから、まちに片方だけ落ちている手袋が気になり始める。2005年からは「片手袋」と名付け、写真撮影のほか、発生のメカニズムなどを研究しはじめる。撮影した片手袋の写真は4,000枚以上。現在は、作品制作やメディア出演、原稿執筆などを通じて片手袋の魅力を広めている。2019年11月、『片手袋研究入門 小さな落しものから読み解く都市と人』(実業之日本社)上梓。

 

石井さんは現在、米国のクラウドファウンディング・キックスターターで、「Photo zine “Lost Glove on the road”」というプロジェクトに挑戦中だ。

 

 

このプロジェクトでは、石井さんのこれまでの研究成果をビジュアルブックとして支援者に配布し、支援額が2000ドルを達成したら、興味を持ってもらえそうなメディア・施設に配布する。

世界各地の方々に身近な路上を楽しむ新たな「別視点」を伝えるだけでなく、世界各地で活動しているマニアたちが交流するきっかけを生み出すための、大きなステップとなるプロジェクトだ。

 

イベントでは、石井さんのこれまでの活動変遷や、このプロジェクトに込めた思いや展望が語られた。

イベント全編はこちらから→

 

見つけたら必ず撮影。15年で約5000枚

 

イベント冒頭では、石井さんのこれまでの活動の変遷が語られた。

 

石井:「片手袋」とは、街に片方だけ落ちている手袋のこと。子どもの頃から、街を歩いていると落ちてるな、と気になっていました。2004年、カメラ付き携帯電話を手に入れはじめて撮影したときから、この「呪い」が始まりました。

 

松澤:「呪い」なんですね。

 

石井:誇張でもなんでもなく、見つけたら必ず撮る、というのを自分に課しています。撮影枚数は、15年で5000枚以上。バスの窓から見つけたときは、わざわざ降りて見つけた場所まで戻って撮ったことも。

 

松澤:うかつに外を見れないですね。

 

石井:はい。公共交通機関では、あまり外を見ないようにしています。2005年、「片手袋研究」として真剣に取り組みはじめ、そこから約8年はどこにも発表することなく、一人でやっていました。2013年に作品として発表したの機に、メディアで取り上げていただいたりイベントに参加する機会が生まれました。2019年、今までの成果を書籍『片手袋研究入門』として出版しました。

 

点が線に、そして「放置型」と「介入型」
継続的な観察で見えてきた個体差

 

「はっきりいって片手袋なんてどうでもいいこと。みなさんが「なんだそれ?」と思うように、自分自身も「なんだこれ」と思いながら続けてきました。」という石井さん。しかし、観察を続ける中で思いがけず広がりがでてきたそう。

 

 

石井:左が、最初に撮った一枚。家の玄関の前に落ちていた片手袋です。撮った時、これだ!と自分のなかに何かが降りてきて。そして歩き始めたら、すぐ2枚目が。点として始まったものが、すぐに線になったんです。この2枚目との出会いが非常に重要でした。

 

 

石井:観察するうちにわかってきたのが、ひとくちに片手袋といっても、全部同じじゃないなってこと。左は「放置型」、いわゆる誰かが落として忘れ去られた片手袋。

最初はこの状態の片手袋を記録しようと思っていましたが、記録を始めて一年くらい経った頃、右の植木鉢に刺さった子供用の手袋を発見したんです。「これは落ちているのではなく、拾われてここにある」っていうのがわかり、「介入型」と名付けました。こうやって、次第に違いも見えてきました。

 

 

石井:個体差がわかってくると、分類ができるぞと思い、ある程度写真が溜まった2011年頃、はじめて分類図を作りました。手袋の使用目的、放置型か・介入型か、そして発見した場所で分類。

こうやって、ただ撮ろうとはじまったものが、観察や研究として広がっていったんです。

 

 

石井:研究分野も広がってきました。たとえば2018年、深海の研究をするJAMSTECの方から、深海数千メーターに片手袋があると教えてくださいました。人間が海や川に捨てたものが、分解されにくいからゴミとして深海に溜まるそう。辿っていくと片手袋は地球環境の問題にも及ぶ。最初に玄関前の一枚を撮った時には、こんなことは想像もしませんでした。

 

 

石井:コロナ禍で、片手袋がBBCの記事にもなりました。コロナの感染防止で衛生用の手袋を付けている人が多く、道に大量に落ちているそう。それが海に流され、クジラやイルカが食べちゃうというニュースも。片手袋が、今の現状を表すようなものとしても出てくるんです。

 

 

石井:片手袋は、文学や映画、絵画などの創作物にも登場します。たとえば文学作品の中では、片手袋を通して、三角関係の状況や夜の静けさといったものが描写されています。

創作物で描かれる片手袋のデータベースは、僕が作るしかないので「数撃ちゃ当たる戦法」。今は「片手袋が出てくるかもしれないから、見なきゃ」というのが、映画を見る動機になってしまっています。

 

 

石井:片手袋が登場する創作物をまとめたのが、この表です。路上だけでなく、創作物もチェックしなきゃいけなくなりました。

さらに家にいるからって安心しちゃだめで、ストリートビューでも片手袋を探さなきゃいけない。ただ、携帯電話でストリートビューを見てると、画面酔いして吐いちゃうんですよ。

 

松澤:なんでそこまでやるんですか…。

 

石井:片手袋研究家だからです。

 

展示、イベント、グッズ制作
発信方法の広がり

 

 

石井:研究対象だけでなく、発信方法も広がりました。これは神戸の国際展に参加した時の写真。新聞やTV局にも取材していただき、展示を機に展覧会やワークショップなど、活動が広がりました。

 

 

石井:別視点で、片手袋を探す街歩きイベントもやりました。

 

松澤:片手袋を探すことが目的にならないよう、谷中の七福神をめぐる体にしたんですが、たまたま片手袋も七個見つかりましたね。

 

石井:この写真は、一枚目を見つけて、みんなで歓声を上げているときですね。

 

松澤:石井さん、200〜300メートルくらい離れたところから見つけてましたよね。

 

齋藤:マサイ族並みの視力だ。

 

石井:その後もトークイベントに登壇したり、「片手袋を見守る会」を結成しマニアフェスタに出展したりと、活動が広がっていきました。

 

 

「ある」のも「ない」のも「片手袋」

 

 

石井:活動を続けていくうちに、自分自身の精神性も広がっていきました。たとえばこういう街並みを見た時、見えていないだけであちこちに片手袋があると思ったんです。

 

 

石井:一つの片手袋を分類すると、それが固定されたものと思われがちですが、同じ片手袋が、放置型・介入型を目まぐるしく行き来したことがありました。

 

 

石井:落とされて、拾われて、移動して…最後になくなったのですが、それを見た時「ないな」と同時に「あったよな」とも思いました。ないほうが、かつてあった時のことを思い出せる。片手袋は、固定された一つの現象ではなく、このような運動体なんです。

 

 

石井:とある休日の朝、ゴミ捨てにいったときに「片手袋は運動だ!」っていうことがボーンと降りてきて、そのままパジャマのまま走り出しました。以前片手袋を見つけた路地にそのまま走っていったら、暗示的に「止まれ」と書いてありましたが、僕は止まりませんでした。

 

 

石井:それ以来、過去のお礼参りとして、過去に片手袋があった場所を訪ね歩いています。

 

松澤かつて片手袋があった場所であり、これから片手袋が生まれるかも知れない場所ですもんね。

 

 

石井:イチョウの色の変化といった、季節の移ろいも片手袋。

 

松澤:看守さんも片手袋。門が閉まってるのとあいてるのも、片手袋。物質としての片手袋があろうがなかろうが、人が働き、買い物をし、生活を営む。そのすべてが片手袋

 

そして、片手袋は世界へ

 

 

石井:マニアフェスタなどを通して、他ジャンルの出店者との交流も生まれました。また「片手袋を見守る会」を結成し、冊子だけでなく、キーホルダーやワッペンといったグッズの形でも発信できるようになりました。

「見守る会」で一緒に歩いていた時、見つけた手袋を、メンバーの一人のゆきさんが触ったんですよ。僕は片手袋を撮る時、絶対に触らないというルールがあるので、13年間自分の中で守ってきたことがあっさり破られて「ギャー」っとなったんですが、そこでハッとしました。いろんなやり方があっていいんだ、と。

もうひとりのメンバーのまりぼさんは、片手袋を動画で記録しています。こうやって、新しい手法も出てきました。

 

 

石井:2019年、書籍として今までの片手袋研究をまとめることができました。次に進む道は何かな?と考えた時、「世界だ」と思ったんです。

 

 

石井:この写真はニューヨークのストリートビュー。日本で見られるような「軽作業類放置型横断歩道系」の片手袋が、ニューヨークにもあるんです。

今年はフランスのAFP通信やドイツの国営放送といった、海外メディアからも立て続けに取材依頼がありました。

 

 

石井:過去には、イタリアで片手袋の写真を撮っている方と一緒に、彼女の撮った写真を切り抜いて、東京の同じような場所に置いて写真を撮る、という取り組みをやったこともありました。

 

松澤:これは、片手袋を生み出してることになりませんか?石井さんは意図的に生み出さないことをポリシーにしてるのに。

 

石井:いまはちょっと責めないでよ。実物ではないですから。徹頭徹尾、ルールは俺だから。

 

 

石井:これは北欧に住んでいる日本人の方の作品。片手袋の反対側を自分で縫って、それをもう一回道路に置いて撮るという作品です。

 

 

石井:こういった経験を通して、世界に片手袋が落ちていること、そして世界中に片手袋愛好家もいることもわかってきました。そうやって世界中の方との交流をどんどん広げて、片手袋研究の研究領域を広げることが、僕の使命となりました。

Globe=Gloveなんです。

 

 

プロジェクト「Photo zine “Lost Glove on the road”」とは?

 

 

石井:もともと世界の愛好家たちと交流したいと思ったいたところ、キックスターターからお話をいただき、プロジェクトPhoto zine “Lost Glove on the road”がはじまりました。

「On the road」は、日本で「路上」というタイトルで出版されたケルアックの作品名に含まれた言葉。「途上」といった意味もあります。片手袋研究はまだ途中だし、僕以外の様々なマニアの方が世界と触れ合うきっかけにもなってほしい、という意味で「On the street」ではなく、「On the road」を入れました。

プロジェクトの第一段階の目標としては、英語版のビジュアルブックを作って支援してくれた人に配布すること。そして第二段階の目標は、文化的ハブとなっている場所に送って、見てもらうということです。

 

齋藤石井さんの研究は世界レベルだと、僕は最初から思っていました。

 

石井:クラウドファンディングという手法に悩んだ部分もありましたが、コロナ禍で自分自身、様々なクラウドファンディングに支援した中で、「支援をする=自分ごとになる」ということがわかりました。世界中に、自分ごととして捉えてくれる方をつくり、広めたいという時には、クラウドファンディングという方法はいいなと思いました。

 

松澤:石井さんのプロジェクトをきっかけに、海外のマニアの方々と交流やつながりが生まれるといいなと思います。またマニアフェスタオンラインに参加されている日本のマニアの方にとっても、世界に発信するきっかけにしてほしいです。

マニアフェスタとして、できるだけサポートしていきたいと思っています。

 

「片手袋」がカルチャーへ

 

松澤:このプロジェクトが成功したら、この先の野望はありますか?

 

石井:野球好きの方は、野球の説明からする必要はないけれど、片手袋の場合は、「片手袋とは何か?」という説明からしなくちゃいけない。その必要がなくなるまでやりたいですね。

「俺、ないのもある派なんだよね」ってところから、話が始まる。

 

松澤:「ああそっち派か」と。

 

石井:そうやって、カルチャーとしての役割を担えるくらいになってほしいですね。僕の存在が消えるくらい、当たり前の存在になってほしい

各国の片手袋愛好家が一堂に会する「G7(Globe 7)」も開催したいですね。「お前の国の片手袋事情を教えてくれ」って。

 

齋藤:片手袋愛好家だけで、カルチャーになりかけているくらい、大勢いますからね。

 

石井:片手袋って、どうでもいいから面白いっていうのもあるけど、この世の中はそんな、どうでもいいもので溢れている。「どうでもいいもの」が、「どうでもいいもの」のまま世界中で共有されるのが理想。片手袋は素晴らしい!というんじゃなく、片手袋研究があってもなくてもいいまま、世界に広がってほしいです。

 

松澤:片手袋を含め、あまり主流じゃないものでも、それが面白いことが素朴な喜びだったりする。でも続けていくことで、人とのつながりが生まれ、人生そのものになって、どうでもよくないものになっていって。

 

石井:マニアフェスタでブースに立っていると、意外に多いのが、「熱中できるものがあって羨ましいです」って言ってくださる方。人生かけて熱中するものって、それなりに素晴らしいものじゃなきゃいけないという先入観がある。

でも、片手袋でさえこんなに広がりがあるってことは、自分が楽しく熱中できるものだったら、対象はなんでもいいんだと思います。

 

松澤:この感覚は、世界中同じな気がするから、広めれば世界のマニアたちとつながっていけるんじゃないかと思いますね。

 

石井:大げさでもなんでもなく、まじで思ってます。このプロジェクトは本気で海外に出てほしいし、自分がやってる研究も知ってほしい。そこは素直に言っていきたい。

 

松澤:そういった人たちをマニアフェスタとしてサポートしていきたいと思っています。ぜひ一緒にやっていきましょう!

 

 

イベント後半では、「路上の果物マニア」や「放置椅子マニア」など、世界各地からマニアフェスタオンラインに参加してくださったマニアの方々をご紹介した。

ぜひ本編の動画、およびマニアフェスタオンラインのサイト内「世界のマニア」のタグをチェックしていただきたい。

 

石井公二さんのプロジェクト「Photo zine “Lost Glove on the road”」は11月14日まで。引き続きご支援をお待ちしています!